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静岡地方裁判所 昭和35年(行)4号 判決

静岡市若松町八七番地

原告

増井馨

静岡市追手町六〇番地

被告

静岡税務署長

西塚明

右指定代理人

検事 舘忠彦

同 杉浦栄一

法務事務官 本橋孝雄

同 名倉竹志

大蔵事務官 彦坂省一郎

同 相馬弘海

右当事者間の差押執行停止並びに税額決定取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の申立

原告は「被告が昭和三四年一〇月一三日付で原告の昭和三一年分所得税の課税所得金額を一九五、一〇〇円とした再調査決定中、二二、七〇〇円を超過する部分はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め被告指定代理人は主文と同旨の判決を求めた。

二、請求原因

(一)、被告は、原告の昭和三一年分所得税の再調査請求について、調査の結果、昭和三四年一〇月一三日付で、原告の昭和三一年分所得税の総所得金額を二七五、一九一円と認定し、八〇、〇〇〇円の基礎控除をなしたのみで、課税所得金額を一九五、一〇〇円とする再調査決定(その通知書には「一部取消」とある)をなした。

(二)  しかし、

(1)  原告の同年分総所得金額は一九二、七八七円にすぎないので、八〇、〇〇〇円の基礎控除、九〇、〇〇〇円の扶養控除(原告は扶養家族として、長男貞彦、次男忠貳、長女美和子がいた)をなすとその課税所得金額(一〇〇円未満切り捨てる)は二二、七〇〇円である。

(2)  かりに、原告の総所得金額が被告の再調査決定どおり二七五、一九一円であるとしても、前記二つの控除をすると、その課税所得金額(一〇〇円未満切り捨てる)は一〇五、一〇〇円にすぎない。

(三)  以上、右再調査決定は総所得金額の認定および扶養控除をなさなかつた点において違法があるから、まず、右決定中、課税所得金額が二二、七〇〇円を超過する部分の取消しを求め、それが認められないときは課税所得金額一〇五、一〇〇円を超過する部分の取消しを求める。

三、請求原因に対する被告の認否及び主張

(一)  原告主張のような再調査決定をなしたこと、その際、原告主張の扶養控除があつたが、扶養控除をしなかつたことは認めるが、その余のことは争う。

(二)  総所得金額について、

(1)  原告は静岡市において、弁理士を業とするものであつて、その昭和三一年分収入金額一、〇六三、六四一円で総支出金額六六一、六九四円であつたので、総所得金額は四〇一、九四七円である。よつてその範囲内で、原告の所得金額を二七五、一九一円とした被告の決定は適法である。

(2)  右金額算定は、原告宅にあつた昭和三一年「月別仕記表」の記載によると、

A 一月から一二月までの収入金額 一、〇六三、六四一円

B 一月から九月までの総支出金額 七五三、六六二円

C 右支出金額のうち人件費 三四二、七四八円

であつたので、収入金額はそのままとし、支出金額は

D 人件費を除いた一月から九月までの支出金額(B~C) 四一〇、九一四円

E 人件費を除いた年間支出金額(D×12/9) 五四七、八八五円

と算出したが、人件費Cの一部は税法上必要経費と認めることができなかつた。

そこで、原告の翌三二年分についてみると、

F 収入金額 一、四八二、〇七三円

G 人件費 一五八、三七五円

であり、収入金額に対する人件費の割合を求めたところ、〇、一〇七(G÷F小数点四位で四捨五入)であつたのでAにそれを乗じ、昭和三一年分の人件費を一一三、八〇九円(H)と推認したもので、結局原告の総支出金額(E+H)を六六一、六九四円とした。

(三)  扶養控除をしなかつたことについて、

原告は前述のように所得金額があり、所得税の確定申告をしなければならないのにもかかわらず、その申告をなさなかつたのであるから所得税法第二八条により扶養控除をしなかつたものである。

四、被告の主張に対する原告の認否および主張

原告が確定申告をしなかつたことは認める。

被告は原告の係争年分の所得金額を推計したのである以上、扶養に関する費用も推計して扶養控除をなすべきであつたにかかわらず、それをしなかつたのは違法である。

五、証拠

原告は甲第一乃至第五号証を提出し、乙号各証の成立を認めると述べ、

被告指定代理人は、乙第一乃至第三号証を提出し、甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

一、被告が昭和三四年一〇月一三日付で原告主張のような再調査決定をなしたことおよび原告に扶養家族があるのに扶養控除をしていないこと、原告が昭和三一年分所得税について確定申告をしなかつたことは当事者間に争いがない。

二、そこで、まず被告が認定した所得金額について判断する。

いずれも成立に争いのない甲第二号証乙第一号証の収入、についての記載によれば、原告の昭和三一年分の収入金額は一、〇六二、六四一円であることが認められ、これに反する証拠はない。そして右乙第一号証の支出についての記載によると一月から九月までの人件費以外の支出金額は合計四一〇、九一四円であることが看取されるところ、これは右甲第二号証に記載されている一月から九月までの人件費を除いた支出金額四〇九、九一三円を上廻り原告に有利なものである。してみれば右金額を基礎として、一月から一二月までの人件費を除いた支出金額を月割計算により五四七、八八五円と算出した被告の推計は、原告側に適当な資料がなかつた(このことは本件の弁論の全趣旨によつて認められる。)本件においては、支出の状況からした合理的な推計であつたというべきである。

次に人件費についてみるに、右乙第一号証によると原告宅にあつた昭和三一年「月別仁記表」の一月から九月までの人件費の記載が三四二、七四八円であつたことが認められ、一方、原告がその所得金額が一九二、七八七円にすぎなかつたとの主張の裏付けとして提出した前記甲第二号証によると、一月から九月までの人件費の記載は一七二、七四八円であつて、前記金額は、一七〇、〇〇〇円も水増しされていることが認められる。したがつて、人件費に関する前記各書証の記載は信憑性に乏しく他に直接にこれを認めるに足る資料のない以上被告が右人件費三四二、七四八円を容認せず、認定可能な事実に基づきこれを推計算出したのは適法である。ところで、成立に争いのない乙第二、三号証によれば三二年分の収入金額が一、四八二、〇七二円であるに対し人件費が一五八、三七五円であり収入金額に対する人件費の割合は反証のない限りこの割合は前年度も変らないとみることができるから、〇、一〇七(小数点四位で四捨五入)であることが認められ、被告がその割合を三一年分の前記認定の収入金額に乗ずることにより一一三、八〇九円と推認したのは正当でありこの推定を覆えして右認定額の過少なことを認めるに足る証拠はない。してみれば、前記人件費の推計も適法であつたというべきである。

結局、昭和三一年の総支出金額は六六一、六九四円となり、これを収入金額一、〇六三、六四一円から差引くと所得金額は四〇一、九四七円となることが明らかである。したがつて右所得金額の範囲内で、原告の所得金額二七五、一九一円と決定した再調査決定には違法があるとはいえない。

三、進んで扶養控除の点について審究する。

原告が三一年分所得税について確定申告をしていない事実は当事者間に争いがないから、被告が扶養控除をしなかつたことは所得税法第二八条本文により適法である。被告は所得金額が推計によるときは、扶養に関する費用も推計して扶養控除をなすべきであつたと主張するが、所得金額が推計されたものであるかどうかによつて同年の適用不適用が定まるものではないから、原告の右主張は理由がない。

以上の次第で原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大島斐雄 裁判官 田嶋重徳 裁判官 大場民男)

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